大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)1455号 判決

上告人

本間幸吉

本間豊吉

右両名訴訟代理人弁護士

斎藤尚志

浅野晋

被上告人

富士タウン開発株式会社

右代表者代表取締役

髙本修

右訴訟代理人弁護士

新壽夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人斎藤尚志、同浅野晋の上告理由第四について

原審の適法に確定したところによれば、上告人両名は呉場(台湾出身)と本間江見子との間に出生した子であるが、昭和五三年五月三一日呉場が死亡したことにより、一審判決別紙物件目録(一)〜(八)の土地建物(以下「本件不動産」という。)につき各一六分の一の持分を相続によって取得し、江見子は昭和六〇年六月一五日、上告人らの親権者として右相続に係る持分の全部を二〇〇〇万円で被上告人に売り渡し、前記目録(一)〜(六)の土地建物につき上告人らから被上告人へ持分移転登記がされたものであるところ、本件は、上告人らが本件売買契約の無効を主張して右持分移転登記の抹消登記手続を請求するものである。

論旨は、本件は呉場の相続財産の移転に関する問題であるから、その適用法規は、法例(平成元年法律第二七号による改正前のもの。以下、同じ。)二五条により、同人の出身地に施行されている民法であり、原審が、これを法例一〇条により、本件不動産の所在地法である日本法としたのは誤りである、というのである。すなわち、上告人らは、右民法によれば、分割前の遺産は「公同共有」とされ、公同共有物の処分については公同共有者全員の同意を得ることを要するから、これに違反した本件売買契約は無効である、と主張する。

しかしながら、本件においては、呉場の相続人である上告人らが、その相続に係る持分について、第三者である被上告人に対してした処分に権利移転(物権変動)の効果が生ずるかどうかということが問題となっているのであるから、右の問題に適用されるべき法律は、法例一〇条二項により、その原因である事実の完成した当時における目的物の所在地法、すなわち本件不動産の所在地法である日本法というべきである。もっとも、その前提として、上告人らが共同相続した本件不動産に係る法律関係がどうなるか(それが共有になるかどうか)、上告人らが遺産分割前に相続に係る本件不動産の持分の処分をすることができるかどうかなどは、相続の効果に属するものとして、法例二五条により、呉場(被相続人)の出身地に施行されている民法によるべきである。

これを本件についてみるのに、右民法の一一五一条は、相続人が数人あるときは、遺産の分割前にあっては、遺産の全部は各相続人の公同共有とする旨規定しているところ、右規定にいう「公同共有」とは、いわゆる合有に当たるものと解される。そして、同法八二八条一項は、公同共有者の権利義務は、その公同関係を規定する法律又は契約によってこれを定めるものとし、同条二項は、前提の法律又は契約に別段の定めがある場合を除く外、公同共有物の処分その他の権利の行使については、公同共有者全員の同意を経ることを要する旨規定している。したがって、本件の場合、相続の準拠法によれば、本件不動産は共同相続人の合有に属し、上告人らは、遺産の分割前においては、共同相続人全員の同意がなければ、相続に係る本件不動産の持分を処分することができないというべきところ、右持分の処分(本件売買)が呉場の遺産の分割前にされたものであり、かつ、右処分につき共同相続人全員の同意を得ていないことは、原審の確定した事実からうかがうことができる。

そうすると、上告人らが相続準拠法上の規定を遵守しないで相続財産の持分の処分をしたとすれば、その処分(本件売買)に権利移転(物権変動)の効果が生ずるかどうかが次に問題となるが、前示のとおり、この点は日本法によって判断されるべきところ、日本法上は、右のような処分も、処分の相手方である第三者との関係では有効であり、処分の相手方は有効に権利を取得するものと解するのが相当である。けだし、相続の準拠法上、相続財産がいわゆる合有とされ、相続人が遺産分割前に個別の財産の相続持分を単独で処分することができないとされているとしても、日本法上、そのような相続財産の合有状態ないし相続人の処分の制限を公示する方法はなく、一方、日本法上、共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は、基本的には民法二四九条以下に規定する共有としての性質を有するものとされ(最高裁昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日第三小法廷判決・民集九巻六号七九三頁参照)、共同相続人の一人から遺産を構成する特定不動産について同人の有する共有持分権を譲り受けた第三者は、適法にその権利を取得することができるものとされているのであって(最高裁昭和三五年(オ)第一一九七号同三八年二月二二日第二小法廷判決・民集一七巻一号二三五頁参照)、我が国に所在する不動産について、前記のような相続準拠法上の規定を遵守しないでされた処分を無効とするときは、著しく取引の安全を害することとなるからである。

以上によれば、本件売買契約が呉場の共同相続人全員の同意を得ることなく締結されたとしても、物権の移転に関する準拠法である日本法によれば、右契約による権利移転の効果が認められるものというべきである。そうすると、原審のした準拠法の選択については誤った点があるが、その結論は是認することができる。論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論は、原判決を正解しないで、又は原審で主張しなかった事由に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官千種秀夫)

上告代理人斎藤尚志、同浅野晋の上告理由

第一ないし第三〈省略〉

第四 原判決には適用法規の誤りがある。

本件は、適用法規を中華民国法と解するか、日本法と解するかによって結論が異なってくる。原判決は法例第一〇条を適用し日本国民法の規定が適用されるとしたが、これは明らかに、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背である。以下これを詳述する。

一、原判決は、「法例二五条が適用される相続問題の範囲は、前記のように相続関係者の内部問題であり、他方、法令一〇条が物権問題については所在地法によると定めている右の趣旨を考えると、本件のように相続財産が第三者に処分された場合の効力が問題とされているときには、前提となる相続人の処分権の有無も含めて全体が物権問題に該当するものとして、法例二五条ではなく、法例一〇条が適用されるものと解するのが相当である。」として、本件の場合「相続人は、遺産分割前であっても、他の共同相続人の承諾を要せずに各自の相続持分を売買することができるのであるから、本件売買契約は有効というべきである。」と結論づけるのである。

二、まず原判決は「法例二五条が適用される。相続問題の範囲は、前記のように相続関係の内部問題」であるとしているがこれが誤りである。

国際私法上、相続問題の準拠法については、講学上、相続分割主義と相続統一主義の二つの形態がある。

相続分割主義というのは、相続準拠法を不動産相続と動産相続とで別異に定めるものであり、相続統一主義というのは、相続準拠法を専ら被相続人の属人法に求めるものである。

このうち相続分割主義は、かっては一九世紀の中葉にいたるまでは殆んど全ての国において一般的に承認されていた。

この相続分割主義にしたがえば、同一人の死亡により、異なる相続法によって支配される複数の相続が同時に生ずる可能性があることとなる。このため、たとえばひとつの相続準拠法によって相続人とされるのも、他のそれによればその資格を否認されることがありうるし、たといそれを否認されなかったとしても、その相続分はかならずしもはじめの準拠法におけると同様にはみとめられえない。また、同一の遺言が、ひとつの相続準拠法によれば有効であっても、他のそれによれば無効であることもありうるであろう。さらに、相続債務の承継についても、かなり困難な問題が生ずるといった様々な問題が生じ、相続関係が極めて複雑となる。

これに対し相続統一主義においては相続準拠法は被相続人の属人法にもとめられる。ここでは、相続問題は、相続財産の種類の如何によって区別されることなく全相続は、単一の法によって規律せられ、ひとつの統一的な運命に服することとなるから、相続をめぐる法律問題が複雑化することなく解決できる。

こうした相続統一主義は、一九世紀の中葉において、サヴィニイやマンチニなどによって唱道せられて以来、それまで一般に承認されていた相続分割主義に代って、次第に諸国の国際私法立法を風靡するにいたり、現在、イタリア、ドイツ、オランダ、ノルウェー、デンマーク、スペイン、ポーランド、ギリシャ、などの大陸諸国や、ブラジル、チリ等の中南米諸国、および日本、中華民国など多くの国において、またブスタマンテ法典によっても認められているといわれる。

(折茂豊「国際私法各論(新版)」法律学全集四一五頁)

三、わが法例は、その二五条において、「相続ハ被相続人ノ本国法ニ依ル」と規定している。すなわち、相続統一主義を採用したものである。かくて、わが法例の基本的な建前にしたがえば、相続問題は、その不動産相続に関すると動産相続に関するとを問わず、すべて被相続人の本国法によって規律せられることとなるのである。

従って、本件の場合も被相続人呉場に帰属していた権利義務で被相続性をみとめられたものが、相続人らによってどのように承継・取得せられるかという相続財産の移転に関する諸問題は、わが法例上は、被相続人呉場の本国法たる中華民国法によって定められることとなる。

四、この点に関し被上告人は原審において、「個別準拠法は包括準拠法を破る」との趣旨の主張をしている。この「個別準拠法は包括準拠法を破る」との原則は、相続は、相続財産を構成する個々の物権の変動を意味しているからその個々の相続財産の物権変動としての側面については、物権の準拠法たる所在地法が相続準拠法とは別に適用されることを意味している。

従って、財産所在地の物権の規定は、相続準拠法が別の国の法であっても、物権に関する規定として適用されることになる。つまり相続財産の移転の問題は相続準拠法によって定めらるべきものとはいえ、もともと相続財産というのは、各個の権利義務からして成立つものであるから、相続財産の移転の問題というのは、同時にその構成要素たる個別的の権利義務の移転の問題でもあるわけであり、したがって、国際私法上、個別的の権利義務そのものの準拠法を無視してはその解決を図ることができない。

けだし、与えられた権利義務そのものが、いかなる要件のもとにどのように移転するかという問題は、右の権利義務そのものの運命に関するものとして、それに固有の準拠法にしたがって定められざるをえないからである。「個別準拠法は包括準拠法を破る」との表現は、あたかも「売買は賃貸借を破る」といった表現と同じように、前者が後者より優先するといったニュアンスにとられやすいが、本当はこれと全く異なるのである。すなわち「個別準拠法は総括準拠法を破る」という表現は、「相続準拠法の定める相続財産の移転を実効的ならしめるためには、結局において、いわゆる個別準拠法の規定にしたがって、そのもとめる要件を満足せしめるよりほかに途がない」(前掲書四三一頁)ということを意味するにすぎないのである。

五、原判決は取引の安全を唯一の根拠として法例一〇条を適用している。しかし、これはむしろ立法政策の問題であり法例も取引の安全保護のために必要と考えられる場合には、例えば改正法例の第三条二項や一五条二項のように明文を置いている。

このように内国取引保護のために、例外的に日本法の適用を肯定するためには、法例三条二項の規定のような明文が必要とされると思われる。そういった規定がない相続財産の共同相続人による処分については、相続準拠法(本件では中華民国民法)がもっぱら適用されると考えられるのである。

六、右の次第であって、本件の呉場が日本において有していた不動産の相続関係については、相続準拠法たる中華民国民法のみが適用されると考えられる。

原判決は右のごとく法例の解釈を誤った結果準拠法を誤ってしまったのである。

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